ゆく春の…

        *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
         789女子高生設定をお借りしました。
 


暖かだったり寒かったりして気を揉ませ、
何だかんだで結局は早咲きだった都心の桜たちも、
もうそろそろ見納めの時期を迎えつつあり。
今どきの桜並木はどこであれ、涙雨のような散華の一景。
花吹雪とはよく言ったもので、
ちょっとした風のそよぎにも耐えかねて、
ほろほろと脆くもほころぶように散り続ける様は、
いつまで観ていても際限
(きり)がなく。
花たちは春がゆくのを声もなく紡ぎ、
人は人で、声もなく見ほれるばかりになってしまう。



          ◇◇


 どんなに時代が変わっても、日本という国は結構 四季折々の何やかやを大事にする土壌が廃れない…とはいうものの、ここだけは季節折々の風物とは無縁な場所のようであり。まだ、地元密着な所轄であれば、折々の行事にまつわる空き巣とか泥棒が出たり、そういう時期だから気をつけましょうねという啓発の行事を、地域の学校や町内会なんぞへ呼びかけたりと、そんな段取りもやって来ようが。都内一円という大きな括りの所轄にて、盆も正月も年度末もないペースと頻度で、引っ切りなしに起こり続ける凶悪犯罪を扱う、いわゆる“警視庁”という規模の管区ともなると。それらしい事件の発生を聞き、ああそうか、もうそんな時期なんだと教えられてる順番だったりもするそうで。

 「…まあ、花見客の起こす喧嘩沙汰までは、
  応援要請にせよ手配申請にせよ、さすがに上がって来ないのだがな。」

 その花見へも今年はとうとう運べなかったらしい、スーツ姿の壮年殿が、一応は穏やかそうな苦笑をその彫の深いお顔へと浮かべて見せた。捜査一課の何係なのだか、そういや聞いてはなかったし。周囲のお仲間さんたちから送られる、態度や視線もまちまちなので。有能敏腕なんだか、実は鼻つまみの問題児なんだか、彼のホームグラウンドであるはずの此処でも、その本性はなかなかに掴み難いお人であったりし。

 「取り調べ室には行かないんですか?」
 「何と言っても未成年なのだし、
  容疑者ではないのは明白なのでな。」

 あくまでも“関係者”への事情聴取のようなもの…と言われて、それでと訪れた仰々しい建物だったが。通されたのはドラマなんぞで見るような殺風景な小部屋とかじゃなく、沢山のデスクが居並んでいるだだっ広い部屋の一角で。

 『ほら。大きなテレビ局だの、
  大企業の総務なんかがこんな大部屋で仕事してない?』
 『…。(うん)』
 『テレビの取材とかで見たことあるぞ。』

 窓も大きくて明るいし、パーテーションとかで仕切ってたり、案外と最先端してて綺麗なんだねぇなんて。小さな額を寄せ合ってのこそこそと、自分たちだけでの私語を交わすお嬢さんたちは。金髪や赤毛という明るい髪色だけなら、今時にはそんなにも珍しくはない洒落ようだったが、それぞれの容姿風貌がまた、どの子を取っても個性的で愛らしく。しかもそんな彼女らを率いて来たのが、色んな意味から“あの”が付いて回る島田警部補とあって。そんなせいでか、人目が集まり倒しているのを何とか衝立にて遮蔽して。さてと構えての、あらためて勘兵衛殿が訊いたのは、

 「何でまたお主らと来たら、危ないことへ率先して関わるかの。」

 開口一番に苦言が出たのも、知らぬ仲じゃないからこそであり。色々と省かれての言い回しであった“それ”へと、

 「あ、お説教なんだ。」
 「事情聴取だって言ったくせに。」
 「…、…。(そうだそうだ)」

 お嬢さんたちも負けちゃあいない。職権乱用と言いたげに口許尖らせた3人娘だったけれど、

 「正式な現場検証は、向こうの取り調べを一通り待たねば行えぬのでな。」

 彼の言う“向こう”というのが悪事を働いた側であり、こちらの女子高生の皆様は、むしろお手柄立てた面々。だからこそ、彼女らにしても“お説教されるなんて筋違いだ”と憤懣丸出しに出来もするのではあろうが。だからと言って…そうそういつもいつも褒めてやるばっかでもいられないのが、そここそ身内ならではの感慨というやつであり。

 「見て見ぬ振りが出来ぬというのは、
  だが、決して褒められたことばかりではないと、」

 確か以前にも言ったよなと。少しばかり身を屈め、声を低めて言い放った警部補殿の言いようへは、

 「…っ。」

 勘兵衛の言へは、一を聞いたら十…どころか、二十くらいは判るし三十くらいなら楽勝で察することも出来るという、かつての“副官時代”からの相性が今でも物を言うらしい、さらさらした金髪の美少女が、まずは うっと言葉に詰まっての困惑の表情をして見せ、

 「……。」
 「ちょ、キュウゾウ。」

 そんな彼女を庇うよに、細っこい体を斜めにして差し入れの割り込んで。彫の深い精悍なお顔を縁取るは 豊かな蓬髪に顎髭という、いかにもむさくるしい風体の警部補殿と睨み合う。こちらもふわりとエアリーな明るい金髪をその頭上へと冠し、すらりとしたスタイルも抜群ながら、たいそう寡黙な美少女が、

 「一番最初に手を出したのはオレだ。」

 そんな風に言ってのけたものだから。

 「ほほお。」
 「違います、勘兵衛様。相手を殴ったって意味ならアタシが一番最初で…。」
 「シチは 見かねて割って入っただけで…。」

 美しい少女二人が美しい庇い合いを(…にしては内容が相当物騒だったが)繰り広げていた横合いで、自分も割って入りたいのか、間を読んでいたらしき赤毛の少女へは、

 「えっと、林田さんて仰っしゃるのはそちらのお嬢さんかしら?」
 「え? あ、はい。」

 横合いから声をかけて来たのは、優しそうな物腰の、内勤なのだろう事務服っぽい制服を着た婦警さんであり。

 「犯人の仲間内と揉み合いになったそうね。
  掴まれた腕とか手とかに怪我はない?」
 「あ〜〜、えっとぉ。」

 そんなくらいは へいちゃらと、顔の前にて手を振って“平気ですよぉ”と笑ったものの、

 「だめだめ、後でアザにでもなってたらどうするの。」

 一通り診せていただけますか?と促され。しかもそんなやりとりを、

 「…ヘイさん?」

 知らせを受けて飛んで来たらしい、大柄な許婚者殿が、聞いてしまってだろう唖然としているお顔と鉢合わせになってしまっては。いえホントに大丈夫ですからとの強情も、今更張り通せぬというもので。

 「さあ、こちらへ。」

 別にお部屋を用意されているらしく、裾が長いめのジャケットに重ねた、プリント花柄のワンピの軽やかな愛らしさと反し、どこか渋々という態度にて立ち上がったお嬢さん。出て行きがてら すぐ傍らを通りすがりに五郎兵衛さんの腕を取ったのは、心細いからというよりも…自分の口からの説明をしたかったからだろう。そんなこんなで、そのまま二人して廊下のほうへと姿を消してしまい。しかもしかも、

 「先に手を出したのがお前だと?」
 「…っ。」

 微妙な時差つきで、そんなお声が浴びせられ。はっとしてお顔を上げた、未来の日本の舞踏界を背負って立つ…らしい、美貌のプリマドンナさんの視線の先におわしましたは、

 「……ヒョーゴ。」
 「ヒョーゴ、ではない。」
 「榊せんせい。」

 だから呼び方を咎めたんじゃなくてだな、と。まずはお約束なやり取りがあってから、

 「そうか、お前から手を出したのなら、
  尚更に叱らんといかんわけだなぁ。」
 「〜〜〜。」

 大切なお友達の七郎次を庇って言ったこと…でなくたって、一旦口にした文言をそうそうくつがえすなんて出来っこない、不器用にも程があると思うくらいに要領の悪い、頑迷な娘だということは重々承知。そういう子だと判っているからこそ、場合によっちゃあ大目に見ることもないではないが、こたびばかりはそうはいかんというお顔をしている彼こそは。無口ではあるが我は強い、彼らのみが知る“前世”では天才剣豪だった久蔵を、その随分な偏りようも含めてよくよく知っている、兵庫という主治医のせんせいだったりし。叱るにせよ窘めるにせよ…案じたのだと詰るにせよ、一番効果があろう“保護者代理”殿が登場したことで。久蔵がまとっていた、勘兵衛へのいかにもな戦闘体制は見る見るうちに萎んでしまい、

 「聴取とやらは。」
 「何も3人揃ってなくても出来ようよ。」

 本当は…厳密に言やそうとも言い切れぬことながら、その辺りは自分の裁量で何とかしようという意もあってのことだろう。目許を細めながらも苦笑を返した壮年の警部補殿へ、そういった深慮も酌んだ上での“済まんな”という目礼残し、痩躯の彼が自分の庇保護者を、わざわざ手を引きの引っ張ってゆくのを止めもしないで見送ってのさて。

 「……。」

 お友達二人が姿を消してしまい、居残ったのは自分だけ。周囲のざわめきが不意に大きくなったような気がしたのは、久蔵を連れて兵庫が去ったのをきりに、向かい合う勘兵衛までもが黙りこくってしまったからだ。ああとうとう叱られる、それも独りきりでなんだ、と。白い腿が半ばまで覗く、デニム地のマイクロミニのお膝の上に手を置いていた七郎次が、しょんもりと…その撫で肩を ますますのこと力なく落として見せれば、

 「…正直なところを言えば、
  無事かというのをまずは確かめたかっただけで。
  無事であったならままいいかと、
  簡単な話を聞いただけで善しとしてもと思わんでもなかったのだがな。」

 「〜〜〜〜。////////」

 しおれさせた肩、今度はすくめた彼女だったのは。勘兵衛の深みのある声がそれは静かに告げた言いようが…いわゆる“本音”のそれであったから。このような場へ、しかも微妙に管轄の違おう彼が彼女らを連れて来たのは、そういう形でならば何よりも優先という形で…やや強引ながら現場から連れ出せたからであり。何があってどう運んでといった現場検証は後日になろうし、関係者への事情聴取という作業は当事者である少女らへも確かに必要ではあるけれど、勘兵衛が急を訊いて駆けつけたときにはもう、警官が調書用紙を片手に色々と訊いていたようだったので。詳細までという後づけが要るよなことにでもならぬ限り、今日のところはこのまま帰してやってもいいくらい。ただ、あのまま“現場で解散”となった日にゃ、

 “携帯かざして、あちこちから映してた人がたくさんいましたものね。”

 ああいう素人投稿者は、何でもかんでもお構いなしに撮るから始末に負えぬ。あのままでいたなら、七郎次らまでその素顔を狙われかねなかったことだろう。取材にと飛んで来たらしき、マスコミのクルーのお顔も見えなくなかったことから、そんな彼らよりも早くに…警察手帳をかざして立ち入り禁止となっていた区域へ飛び込んで。お嬢さんたちへと駆け寄ったそのまま、未成年だからとの仰々しい態度を現場の警官らへおっかぶせ、車を呼ばせるとそれで警視庁までへと連れ去ってくれた勘兵衛だったのであり。

 「無論、叱りもするぞ? それが大人としての義務だからな。」
 「……はい。////////」

 そうまで堂々と言うと芝居がかって聞こえかねないお言いようへ、だってのに…こちらもこちらで、居住まい正すと神妙なお顔で頷いた七郎次だったりもし。さて、一体 何があって、彼らがこんな、一般人には滅多に縁のなかろう場所でお顔を合わせていたかと言えば……。





          ◇◇◇



 「もうもう。そもそもといや、お二人の逃げ足が速いからっ!」
 「あ。人聞きが悪いな、それ。」
 「…、…。(頷、頷)」

 ただ単に足が速いだけだもん、それにヘイさんだって学年じゃあ速い方じゃないの。でもお二人には及びませんたら…と。その双眸が少し吊り気味に力んでいての 猫目の君が、もうもうもうと連れの二人への不平を並べていたのは。彼女らにはお馴染みな遊び場、快速が停車するJR駅にほど近い、とある繁華街の一角であり。此処にもあった桜の並木が、そろそろそんな頃合いなのか、とめどなく花びら散らす、春も終わりの昼下がり。やっとのことで保護者の方々からの“お説教”から解放されて、まだ時間もあるなぁと連絡取り合っての“再集合”と相成った少女らで。

 「まあ、誰が悪いかと言や、一番悪いのは あの引ったくり男なんですが。」

 彼女らの通う女子高は、連休までは短縮授業が続く。だからといって そうそう毎日毎日遊び歩いてる訳じゃあないが、今日は特別。新しくオープンするコスメとファストファッションのお店へと、特に欲しいものがあるではないが話題には出来るだろとの軽い思惑から、野次馬しに来たようなもの。駅のお向かいの、一番大きいファッションマートビルの壁面には、ちょっとしたオーロラビジョンのような巨大な動画投影機
(…おいおい)が設置されてあり。そこへと映し出されたは、こないだ新盤のアルバムが出たばかりな、とある音楽ユニットのPV(プロモーション・ビデオ)で。幻想的な映像がいや映える軽やかな金絲、透けるような肌の白さ。血縁同士との話もどこまでホントか、人ならぬ存在のような青年二人の透明感あふるる映像へ、わあラッキーvvとか、予約した? したした、当たり前〜vv なんてな、夢見るようなトーンのお声があちらこちらから聞こえていたそんな中、

 『…、キャッ!』

 交差点前の人込みの中、高いお声での悲鳴が上がり。それへと続いたのが、ちょ…何なに、痛いっ、何よっあんたっと。何だか良からぬ色合いの、尖ったお声がさわさわっと人込みの中を伝わってって。

 『ひったくりっ!』
 『誰かっ!』

 そんな確定的な言葉が放たれたときにはもう、犯人らしき存在は被害者からの距離を随分とおいていたようだったから。真っ昼間の、しかも大通りの真ん中でとは何とも大胆な仕儀だったが、若い学生ばかりが繰り出す場だったことや、追いかけてくる率の低い女性が多い場所柄だからという狙いは鋭くもあって。ある意味では、手慣れた手合いのやらかした犯行だったのだろう。

  ……ただ、今日は思わぬ伏兵が居合わせたのだけれど。

 彼女らだとて、そうそう性懲りのないお馬鹿じゃあない。ただでさえ か弱き女子であるのだし、しかもしかも…誰にもナイショな秘密のあのね? 実は“前世”の記憶を持つ身で、何と戦さ場を駆け抜けた雄々しきサムライだったという、生々しい記憶をそのまんま持ち越している存在でもあったりし。だったら怖いものなんてないかといや、そこが真性の もののふだったればこその見解というか価値観といおうか。余計な危険にわざわざ飛び込むなんて ちっとも偉かないんだと。騒ぎが大きくなったり要らぬところで悲しむ人を作ったり、むしろ身をわきまえぬ愚行だってこと、ようよう知ってる彼女らでもあり。近くに派出所があったからすぐにも警察が駆けつけるだろとか、誰か勇気と腕っ節のある男はおらんのかとか、微妙に離れたところで沸き起こった災禍を、言い方は悪かったが“対岸の火事”として他人事と構えていたのだ、最初はね。ところがところが、

 『おら、どけぇっ!』

 どんだけの金子がはいってるブツなんだか、婦人もののショルダーポーチを抱え込み、さして雄々しくもない風体の、肩から突っ込んで来た何者か。意外なくらい彼女らの近間を通っていったがため、

  そんな巡り合わせのせいで、話がややこしくなった…とも言える

 何せ、春のうららかな いいお日和の中というお昼間で。他のガッコも短縮中なのだろう、やたらと高校生世代の人出も多くって。あちこちでぶつかりの薙ぎ倒し伸しつつも、女子が相手なら突破も軽いと見越したか、むしろ邪魔だと罵りながらの強引な突進続けて来たそやつが、

 『どけや、おらっ!』
 『…痛っ』

 選りにも選って、久蔵の目の前でぶつかりの突き飛ばしのしてしまった“相手”が悪かった。何とはなく気配を察し、反射的にその身を避けかかっていたので、それほどの大事には至らなかったのだが、それでも近くへ居合わせた人へとぶつかったほどには突き飛ばされた。そんな彼女へ、せめて“すまん”とか“ごめん”とか言うならともかく、

 『グズグズしてんな、馬鹿野郎っ!』

 選りにも選って、捨て台詞がそれと来て……。

 『シチさん、大丈夫?』
 『うん。アタシはだいじょ…ぶなんだけど。キュウゾウ?』

 被害に遭ったお友達が止める間もあらばこそ、あっと言う間に駆け出していた、レザージャケットに真っ赤なミニのワンピの足元、漆黒のスキニーで固めておいでのスリムなお嬢さんだったりし。さすがはバレエで鍛えたバランス感覚と、生来のと言っていいものか、ずば抜けた反射神経が物を言い。先に駆け抜けた賊のぶざまな走法の何倍も効率よく、人には当たらずのなめらかな走りで雑踏を駆け抜け、追いつくと。背中からなんて無粋はしない、進行方向へ先回りしての待ち受けて、自分の肩へと提げていたショルダーバッグの紐を握ると、ぶんと何度か回してののち、綺麗な回転運動の最も威力を発揮せんというタイミングにて、わざわざバッグの角っこが当たるよにと繰り出して差し上げた飛び道具。

 『どあっっ!』

 みんごと、真下から顎へ どかぁっと当たった思わぬ衝撃に、何が起きたかも判らなかっただろう賊の男は……その場で延びた。そしてその手からぽーんっと飛んだバッグは、置き去り組だった平八の手元へとナイスキャッチで迎えられたのだが、

 『そいつを渡しな。』
 『…はい?』

 敵は遠くで、しかも久蔵が伸したと。安堵していたそんな間合いへ、唐突に聞こえた声とそれから、横合いから延びて来た無作法な手があって。それがごくごく普通の女子高生だったなら、キャッと驚き、その拍子に手を放したかも。ところが…そんなところへも、妙に落ち着き払った人性をしていることが徒
(あだ)と出て。何ですかあなたとお顔を向けつつ、バッグも離さなかったもんだから。掴んで駆け去ろうとでも目論んでたらしい誰かさん、その目算が外れての、その手が……。

 『…、ちょ、どこ触ってんですかっ!!//////////』

 まだゴロさんにも触らせてないってのにと、いや…そこまで具体的に口走ったかどうか。ジャケットの下へと秘されていたは、軽やかな春の装い、花柄プリントに覆われた豊かなお胸。その近辺へがっしと掴みかかった格好になったもんだから、さあ〜〜〜 花の乙女が怒ったのなんの。たまさか通りすがりだったらしいサラリーマン風の男性が抱えていた、図面入れの樹脂製の筒を奪うようにして掴み取ると、引き寄せた動作の中、手の中でという器用さでグルンと大きく回してののち、

 『腕に自慢の薪割り流っ、しかと受けよっ!』

 ぶんっと風切るポリ何とかの筒。それの堅い方の底部にて えいやっと、乱暴にも程がある無礼者の頭を目がけて殴りつければ、

 『ぎゃっ!』

 実は親にも叩かれたことがなかったか、それとも角っこがガツンと当たったか。こんな柔らかいものでの殴打へと、そりゃあ大仰な悲鳴を上げてしまった賊Bであり。思わぬ反撃に驚いてのことだろけれど、あまりに素っ頓狂な悲鳴だったがため…殴りつけた平八の方が、先に我に返って自分の手元をついつい見直してしまったほど。
『…そんなに痛いでしょうかねぇ。』
 とのつぶやきには、周囲に居合わせた人々の間からも思わずだろう失笑が立ってしまったほどで。そして、
『何しやがるっ!』
 自分が無様だったという覚えも加算されたか、憤怒に燃えてのあらためて拳を振り上げたそやつへは、

 『何しやがるはそっちですっ!』

 すぐのお隣りに居合わせた別な女子高生が…ウエストカットのGジャン姿で、脇をしめての腰は低めに。可憐な拳を堅く握って、せいやっと思い切り突き出して来たのへと。真っ向から顔面差し出すこととなってしまった、何とも不幸な巡り合わせよ。

 『さっきから、アタシのお友達に何してくれてますかっ! あんたたち!!』

 たちって…。
(苦笑) 久蔵殿は自発的に追ってったんですがねと、平八がついついその内心でツッコミを入れたところで、こちらの男も ずでんどうと倒れてのノックアウト。現世で修めているのは槍じゃあない七郎次だったが、体術の基本はどんな武道にも通じるそれだし、コツとか呼吸とかいうよなものは それこそ前世から持ち込んでもいたものだから、

 『このっくらいは朝飯前だぁね。』

 ついつい幇間口調まで飛び出して、頬へとこぼれた金の髪を白い指先で払い上げながらという余裕の表情のもと、ふふんと笑ったまでは良かったが。ふと、自分たちの立ち位置と、その周辺に気がついて。注目浴びてる現状へ、あややと焦ったのは言うまでもない。そのままどひゃあと逃げ出しかけた3人だったのだけれども、微妙に出遅れた平八がそっちも出遅れた警察がやっと来たのへと呼び止められてしまっての、あえなく御用となってしまい。実際に賊らを倒したのは微妙ながら自分じゃないのに、自分だけが槍玉に上がるなんて不公平だとばかり、逃げ出した二人もケータイで呼び戻しての、あとは…先に展開させた次第、事態の収拾と大仰にも警視庁での事情聴取へと運んだわけで。

 「大体、何でああも一目散に逃げたんですよ、二人して。」

 置き去りにして悪かったとのお詫び代わり。まずはと立ち寄ったクレープ屋さんで、チョコバナナクリームをおごって差し上げ、ごめんごめんと金髪娘に左右から撫で撫でされて、元はさほどに怒ってもいなかったため、多少は気持ちも収まったらしい平八が問い詰めれば、

 「だって…ねぇ?」
 「………。(頷)」

 口の重たい久蔵が代わりに語ってくれるはずもないかと、そこは気がついた七郎次。自分がぱくついていた、ストロベリーチーズケーキのクレープを桧扇みたいに口元へかざすと、

 「今年 部に上がって来た新入生がサ、
  皆が皆、アタシのフルネームを知ってたんですよぉ。」

 「??? そりゃあ、部長さんですもの、知ってても…。」

 当たり前じゃないですかと言いかかった平八へ、違うのとかぶりを振って見せたのは久蔵の方で。

 「…オレも、バレエ教室の新入生全員に下の名前まで知られてた。」
 「?」
 「ピアノ教室じゃあ滅多に名乗ってなかったのに、
  あれ以来のこと あっと言う間に知れ渡っててな。」
 「え?」

 全国紙に載った記事なら、きっと小さな扱いだっただろから案外と忘れ去られるのも早かったかも。でも、あの箱根での痴漢退治は関東版にだけの掲載で。

 「苗字しか知らなかったっていう、学年の違う人たちにまで、
  あっと言う間に七郎次って名前が知れ渡っちゃったんですもの。//////」

 仲良しさんたちばかりだからね、今更からかわれたりはしないけど。それでもあのさ、何で隠していたのって訊かれたら、今度はそっちこそ恥ずかしかったりするじゃない…と。それが逃げ出した理由だと、暗に言いたいらしい彼女らだったのへ、

 「私だとて、この名前が全国ネットに載るのは ヤなんですったらっ。」

 しかもしかも。咄嗟に“片山エミですvv”って誤魔化したってのに、

 「選りにも選って 勘兵衛さんが“おおヘイハチではないか”だもの。」
 「…ごめんなさい。///////」
 「シチは…。」

 悪くはないとの久蔵からの素早いフォローがあったのへ。そこは平八にも判るので、うんうんと頷いてから。はぁあとしみじみ吐息をついて。

 「せめて名前くらい、違うのつけて欲しかったですね。」
 「ホントだよね。」

 皆のこと、自分のこと、思い出せたのへ名前なんてのは関係なかったんだしねと。包装紙を剥いでの最後の一片、ポイとお口に放り込んだ平八だったのへ、

 「……オレは。」

 意外やチョコエクセルという激甘のメニューがご贔屓の久蔵。小さなお口で、なのにどうやったら他の二人と同じペースで食べ終えられるのか。今もやっぱり、最後の三角ほお張りながら、む〜んと小難しいお顔をして見せており、

 「皆はともかく、島田は名前で思い出した。」

 とんだ爆弾発言へ、
「うあ、それホント?」
「だったらますます、名前怖い〜〜〜。」
 七郎次が眉を寄せ、平八がおどけだす。自分らへまつわる“不思議”は、言い出したらキリがないことだらけ。現世では女子だったのに、それでも男名前を親がつけちゃったのも。日本人なのに髪が生まれつき真っ黄っ黄で、瞳も微妙に淡い色合いなのも。どうしてだろか、やったことない武道に体が切れよく反応したし…と、今の“此処”へと至るまではそりゃあ珍妙なことばかりだったけれど。厄介扱いしながらも…あのね? 今はね、昔のまんまでよかったなって、実のところは思わないでもなかったり。素敵なお友達にも“再会”出来たし、懐かしくて暖かい想いをこそりと育んだ、大切な人にも逢い直せたし。

 「次、どこ行く?」
 「……。」
 「あ、そか。キュウゾウが言ってた靴下の専門店。」
 「あ・そうそうvv 可愛いのがいっぱい揃ってるんだって?」
 「…、…。(頷・頷)」

 さすがはバレエダンサーだなぁ、足まわりの情報が早い早い。レッグウォーマーの再燃だって世間より早かったもんね、情報。きゃぴきゃぴ…とまではいかないが、楽しそうに華やいで駆けてく美少女たちへは、居合わせた人らが揃ってハッと眸を留めるから。屈託がないだけ罪も深いというものか。ゆく春への感慨も、今は何処へやら。彼女らこそが蝶々のように、ひらひら舞いゆく春の夕べだった。


 「さっきのクレープだけじゃ足りないでしょ?」
 「帰りにイタリアン寄ってこか?」
 「……。」
 「実は勘兵衛様が、」
 「あ、ウチもゴロさんが、」
 「ヒョーゴも。」

  「「「何か甘いものでも食べて帰れって。」」」

 お小遣いを貰ったというところまで声が揃ったものだから、

 「………妙なところで気が合う人たちだよね。」
 「ヒョーゴには言えぬ。」
 「??? なんで?」

 さて、何ででしょ?(くすすvv)





  〜Fine〜  10.04.12.


  *何やこれなお話ですいません。
   新学期が始まって、
   女子高生のお3人はどうしてるのかなぁと思いまして。
   でもって、
   ついつい事件が絡んでしまう体質をどうにかして。
(笑)
   何かっていうと勇ましい人たちにしてしまってて、
   YUN様、砂幻様、すみませんです。

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